麺処 絢(調布市)& UECコミュニケーションミュージアム

超久しぶりに東京都ラーツーだぞ!っと。(今回は長いっすよぉ)^^;

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東京都っちゅうても23区外は調布市の『麺処 絢』です。

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デフォは醤油みたいでしたが、オイラはもちろん塩をいただきました(770円)。
スープは鶏メインに魚介をプラス。 昆布もしっかり感じて、ほんの少~しだけニンニクも。 う~ん、トリュフオイル(黒か?)をわずかに感じるが気のせいか? どちらにしてもかなり美味しいスープです。 惜しむらくは、オイラ的には少し香味油が多すぎるか?
麺は中細で少しうねりが入る系。 厨房内を見ていたら、茹でる前に店主が最後の揉み込みをしてたのでそれが効いてるのかも。腰があって美味しい麺です。
トッピングは大判の低温調理チャーシューがとても美味しい。 豚肩ロースチャーシューの下には、これまた低温調理の鶏チャーシュー。 メンマは穂先で薬味は三つ葉と刻みネギ。
けっこう美味しいので80点+チャーシューの美味しさにプラス2点とスープの複雑さにプラス2点で84点!
ごちそうさまでした~。^^)/


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食後に伺ったのはコチラ、電気通信大学構内の東10号館。 なにそれって?

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ここ、実はコミュニケーションミュージアムと言って、通信に関する貴重な機器がたくさん展示されてるんです。 予約が必要ですが誰でも無料で見学できますので、興味のある方はぜひ連絡してみてください(リンクをクリックするとミュージアムHPに飛びます)。

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実は私、アマチュア無線の趣味がありまして、一時期はかなり入れ込んで運用してました。 小学校の卒業文集には「将来の夢」を書いていたのですが、第一希望が宇宙飛行士、第二がアクロバットパイロット、第三のそれは無線通信士だったんです。
ちなみにこの写真は中学2年の時に買った違法のCB無線機です(もち、ネットからの借り物)。何年間も我慢して使わずに貯めていたお年玉を握りしめて秋葉原へ行って、無線機とアンテナ、そして必要な機材を買って帰り、親父の助けを借りて家の屋根に一片2.75mのGPアンテナ(垂直真上に一本、下に向けて90度毎に4本の計5本)を立てました。 中2ですよ! すごくない? それでも高校に入ってからは、ちゃんと勉強して国家試験を受けて免許を取り、少しだけ正式なアマチュア無線運用もしました。 30代前半から40歳ぐらいまではかなり気合入れてやってまして、家にも車にも無線機と特大なアンテナがあり、たぶん200万円近くつぎ込んだと思います。^^;
今年に入ってからの時短要請で店は全面休業ゆえに暇を持て余してたので、そんなことを思い出しながらネットサーフしてたらこのミュージアムを発見して早速見学予約を入れたというわけです。

数万点に及ぶ展示物があるので上げていったらキリが無いのですが、ほんの少しだけ(ちゅうてもけっこうあるが)アップしますのでお付き合いください。まずは歴史的展示物からです。

1 明治2年日本初の電信機.JPG
明治2年、日本初の電信機です。 上段左から送信機、ベル、受信機で、のちに下段のモールス電信機へと移行します。

2 電信機アップ.JPG
横浜、東京間で通信してたそうです。 文明開化の音がしたんでしょうか(散切り頭かっ!)。^^;

3 明治の電話機.JPG
たまに昔の映画やドラマで見ることのある明治の電話機。

4 大正10年モールス電信機.JPG
大正10年のモールス電信機。 電報に使ってたんですね。

5 Casio AL-1 1962年 当時価格995K-Yen.JPG
一気に昭和37年に飛びますが、カシオが製造販売した日本初の10進リレー計算機です。 電卓の元祖ですが、当時995,000円もしたそうです。 いまじゃ電卓なんて100円ショップで買えちゃいますが、当時は超高級品だったんですね。

次はプロ用通信機器です。

1 受信機の部屋.JPG
こちらは受信機がメインの展示室。 本体とスピーカーはノイズの関係で別箱なのがお約束みたいです。

2 送信機の部屋.JPG
こちらは送信機がメインの展示室。 さすがに高周波の大電力を扱うのでシステムがデカいです。

3 戦前の国内大型短波受信機(日本の耳).JPG
こちらは戦前の国内大型短波受信機です。 世界の電波を受信するため(世界情勢を入手するため)に作られたので、「日本の耳」と呼ばれていたそうです。

4 世界初ダイバシティ受信機DD-1 1938年.JPG
こちらは世界初のダイバシティ受信機。 ダイバシティとは二つ(以上)のアンテナで信号を受信して、複数の受信系の出力を合成したり切り替えたりすることで、受信電波のレベル変動を極力少なくする技術です。 なんと、1938年の世界初1号機です(日本のコレが世界で唯一の現物)。

5 ART-13 コリンズ社製 b-29搭載 100W通信機 1943年(昭和18年).JPG
これは、1943年(昭和18年)にB-29長距離爆撃機に搭載されていた100Wの無線機です。 広島や長崎に飛んできたB-29に搭載されていた現物ではないことを祈ります。

次はオーディオ機器です。

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ちょっとビックリしました。 通信機器博物館なのにタンノイがドーンと座ってます。

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プレーヤー系は結構新しいですね。 でも、2トラ38や、今では「なにそれ?」っていうDATとかがあって楽しめました。

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オーディオという括りには異色ですが、ゼニスのポータブルラジオです。 5球のAM中波・短波ポータブルラジオで1959年製です(私と同い年)。 どんなバッテリーで駆動してたんですかねぇ。^^;

次は監督的真打、アマチュア無線関係機器です。

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無線をやってないと絶対知らないと思いますが、これはコリンズのKWS-1、1954年から製造されたHF帯のSSB/CW用1KW出力無線機です。 その昔に「泣く子も黙る」と言われた、高嶺の花どころか神様仏様状態であった無線機であり、超金持ちしか買えなかった機器であると思われます。

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こちらも垂涎のマシン。 ドレークの4ライン、1965年製です。 先のコリンズと言いこのドレークと言い、雑誌で眺めているだけで幸せでした(高校生の頃)。

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こちらは自作の無線機ですが、JA1ABというコールサインの市川OM(OMは無線用語で大先輩=Old Man)が自作使用していたものです。 市川OMは既にサイレントキー(亡くなられた方をそう呼ぶ)ですが、JA1AB局は日本におけるアマチュア無線本免許第1号の方でした。 仮免許はJA1AA(元アマチュア無線連盟副会長)が第1号でしたが、本免許はAB局に最初に下りました。 JA1AB、市川OMは2000年ごろ(あやふやで大変恐縮ですが)に逝去されましたが、私が本格的に430MHz SSB運用をしていたころに良く交信していただいた記憶があります。 オペレーションのお声そのものは聞くからにお年寄りのそれではありましたが、そのやさしい口調と「いつもありがとう、頑張ってくださいね」というお声がけには本当に恐縮したものです。 だって、日本の本免許第1号の大大大大大先輩ですからね。 ちなみにJAは日本、1は関東エリアを指し、AA,AB,ACと順に割り当てられ、その後は三桁に移行してAAA,AAB,AAC…と割り当て(数字の後はサフィックスと呼ぶ)、JAが満杯になるとJH,JR,JE,JF,JG…とプリフィックスが変わって割り当てられています(一時期、「私をスキーに…」現象で無線人口が増え、Jコールがパンパンになってしまい、7K1, 7L1, 7M1等のJがつかないプリフィックスが割り当てられたこともある)。

JR300S_TX388S_TL388.JPG
これはもうほとんど記憶の外でしたが、トリオ(現JVCケンウッド)の300ライン(昭和43年製)です。 昭和43年って言うと私はまだ9歳なので、さすがに記憶の外ですね。 TRIOのブランドが懐かしいです。 昔はオーディオでも一世を風靡したんですがねぇ…。

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これは小学校6年生のときに欲しくて欲しくて仕方がなかった無線機。 上が1967年(昭和42年)製のFDAM-3で、下が1971年製のAM-3Dです。 井上電機製作所からICOM(イコムと発音)にブランドネームが変更されてました(のちにはアイコムに変更)。 50MHzのAM/FMポータブル機で価格は中学生でも何年かのお年玉を貯めれば手の届く28,500円でしたが、通信学習として取り寄せたテキストの内容が難し過ぎて国家試験受験をあきらめて違法無線に走ったのが最初の無線機写真というのは遥か昔の話です。

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またまたTRIOですが、こちらは1967年(昭和42年)製のため記憶の外ですが50MHzのAM機です。 このバンドのポータブル機はトリオ、アイコム、パナソニック(写真無し)がしのぎを削ってたんですね。

最後はちょっとおまけ的な・・・^^;

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昔々の貴重な機器、部品がたくさん並ぶ中にチョコッとだけIC的なものも並んでました。 4ビットから始まるマイクロプロセッサー群です。

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昔のマイコンは80系と68系がしのぎを削ってました。 コンピューター系は80、エンベデッド系は68なんて言われてましたが、その68系の雄であるモトローラ社に23歳から39歳まで勤めてました。 この写真では76年と表記されてますが、MC6800(MCはMotorola Circuitの略)は74年がファーストリリースです。 チップマーキングを見るとPK7638Bとありますので1976年第38週に製造された製品です。 私が入社したのは1982年ですが、その時点でもMC6800はたいへん有名なチップで、プロユースからコンシューマまで幅広いエリアで使われていました。 某ゲームメーカーに売り込んだ際に破格値を要求されてアメリカ本社に交渉した際、某コンピュータメーカーに納入している価格とあまりにも違うので絶対ばれないようにしろ!ばれたらお前はクビだ!と言われたのを覚えてます。^^;
(1/14追記:某ゲームメーカーに売り込んだのはMC6800<8bit>ではなくM68000<16bit>でした)

長い長い記事にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
コロナ禍のなか恐縮ですが、今日は楽しませてもらいました。
少しでも興味があれば、ぜひ見学されてみてください。
なにせタダですし、久しぶりに大学構内に堂々と入れますよ!^^)

本日の走行距離、5時間でたったの92Km。
都内走りは、信号ばっかり渋滞ばっかりでマジつまらん!・・・が、それを除けば楽しい一日でした!^^)/

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この記事へのコメント

2021年01月14日 06:47
おはようございます。
かなりマニアックな記事ですね(笑)。
私は無線についてはよく分かりませんが、小学生高学年の頃、BCLにはまりまして、短波海外放送をよく聴いてました。一時期サイパンの放送局が、日本人向けに洋楽専門放送(日本語)を流していたこともありました。ブームだったんですかね。

コロナ禍、お疲れ様です。自分の勤務先も極力在勤推奨。東京へ行くのはせいぜい週イチくらいになりました。アミューズが山梨に本社を移す報道がありましたが、まあ、そうなりますよね。
ここ千葉の田舎にもどこか来ないかなと思っているのですが…。
監督
2021年01月14日 09:54
>240さん
超マニアックで恐縮です。
私もHAMの前身はBCLでした。流行ってたんですかね?^^;
山梨県、税収増大でウハウハですね。^^)
らん太郎。
2021年01月14日 15:11
近所の大学生のお兄さんが
(千葉◯業大)
JR1TL◯ってステッカーを
車やバイクに貼ってたあれのことだ!

調布市は美芳って
今でいう
昔ながらのラーメン屋に
よく通いました。
監督
2021年01月14日 15:52
>らん太郎。さん
オイラはJJ1〇〇〇でしたが、一時期やってなかったら他の人に再割り当てされちゃって7K2〇〇〇になりました。
その後、再割り当てされた局が閉局したので、もともとのJJ1を取り戻しました。
調布の美芳、五目そばが美味しそうですね。^^)/
2021年01月14日 23:16
知らないメーカーばかりです。いろんな企業が凌ぎを削っていたんですね。
あ、トリオ!トリオのFMチューナー使ってました。素晴らしいチューナーでした。(o^^o)
くみちょう♪
2021年01月15日 08:54
私は社会人になってからですが、Japan Golf One Victor 〇〇〇〇〇 〇〇〇〇〇でやってました。懐かしいなぁ(^o^)
監督
2021年01月15日 10:24
>no nameさん(ヴィーノさんっぽいけど)
無線に興味が無いと決して聞かないメーカー名ですからねぇ。
TRIOの前身は「春日無線」ですから、通信機で培った技術が組み込まれたオーディオチューナーは「チューナーのトリオ」って言われてましたもんね。
昔は山水、トリオ、パイオニアがオーディオ御三家と呼ばれてたのも懐かしい話です。^^)/
監督
2021年01月15日 10:30
>くみちょう♪さん
くみちょう♪が社会人になってからのJG1ってことは、それ、再割り当てコールサインですね。
オリジナルのJG1は昭和40年末期頃のはずなので。
お互い、爺になったらのんびりラグチューでもしましょう。^^)
ヴィーノ
2021年01月15日 12:18
すみません。ピンポンてす。ヴィーノでした。
まさにその3メーカーの機器を使っていました。(^^)/
監督
2021年01月15日 14:39
>ヴィーノさん
やっぱりね。^^)
私は意味もなくパイオニア派でしたが、Z3に後付したオーディオは山水でした。
昔は高くて買えなかった…。^^;
2021年01月16日 22:12
中学の時、アマチュア無線部に入ってました。
但し、1日でやめました(;^_^A
ちとややこしかったので、ついていけへんって思ったん
でしょうね。

そうそう、以前私の所で紹介した物件(無線の鉄塔が
あった所)、建売住宅となり、鉄塔は撤去されてました。
残念!
監督
2021年01月17日 12:23
>りーにんさん
あっちゃ~、買おうと思ってたのにぃ~!^^;
2021年01月26日 14:33
アマチュア無線に燃えたはったんですネ。
兄貴がSONY スカイセンサーを買った時はさすがにBCLに興味が出ましたが、タイガースの方が大切で AM放送の方に夢中になってました。
ッでボク的に釘付けになったのはやはりオーディオコーナー。
タンノイのもさることながら、どォやら大きいSPはパイオニアのプロ仕様 TADッぽいのですがどォでしょう。
そして下の方に Fostexユニットのバックロードホーン…。
近かったら行きたい…でも遠い…。
今使ってるFMチューナーはTRIOです。
やっぱり "チューナーはTRIO"ってのがお約束みたいに思ってましたもん。
ッで想い出しましたけど TRIOッてKencraftッてブランドも持ってましたネ。
監督
2021年01月26日 16:34
>おーちゃんさん
おっきい飴茶色のSPはソニーで開発されたモニター SEM 5というコントロールルームの壁面に設置する大型モニタースピーカーだそうです。ちょっとビックリ!
バックロードホーンはSPユニットメーカーこそわかりませんが、筐体そのものは電通大の高澤研究室で作ったものらしいです。
kencraftはTRIOが販売していた自作キットのブランド名だそうです。Kenwoodのcraftなんでしょうね。